竹久みち&岡田茂(三越贋作事件)とは!?生い立ち(経歴)や高校・大学と家族(子供)は?動機や判決も!

竹久みち&岡田茂(三越事件)とは?

2019年1月21日放送の

TBS「1番だけが知っている」で

紹介された

竹久みち(三越事件)とは…

今から

約37年前の1982年(昭和57年)に

東京都中央区日本橋一丁目に本社があり

高級デパ地下グルメなどで

有名な

老舗百貨店の一店舗

「三越」の取締役

幹部内の事業方針に関わる

不祥事事件で

それを起こしたのが

1950年ごろ

旧制共立女子専門学校生活科~

1957年文化学院デザイン科を卒業後

「ヌーベル・アクセサリー研究所」を立ち上げ

上野松坂屋、銀座松坂屋などと

取引を交わした後

1960年~63年まで

「アクセサリーデザインスクール」の

ファッションショーに出場する

モデルなどの専門衣装に携わっていた

服飾研究者でデザイナーの

竹久みち

1938年に

慶應義塾大学文学部を卒業後

三越に新入社員で入社以降

当時の三越社長

松田伊三雄から任務された

宣伝部長や銀座店店長での

利益を向上させる

従業員への指導や

日本マクドナルドの

食品導入

その他

将来の経済発展のため

旅行、趣味、教育、医療

関係にも

携わり成功を納め

社内では

徹底した

厳しい態度の独裁体制から

“岡田天皇”とも呼ばれていた

岡田茂の2人で

発端となったのが

1963年

当時

岡田が宣伝部長の時代に

アクセサリーや

流行ファッションが

ブームとなったのを

きっかけに

商業目的から

愛人関係になると

そこから

9年後の1972年

松田社長の後任で

岡田が就任後

竹久も優遇で

女帝の幹部補佐に

就任されると

竹久が経営していた

「オリエント交易」を買い取り

不要な従業員人事は

コストダウンから

解雇させると

そこから

10年間まで

一時期

多額報酬の

受け取りに成功するも

その裏で

開催された

「古代ペルシア秘宝展」(偽物展示会)など

人事とは異なり

顧客の信頼を失いかねない

違法な営業取引からの

利益向上の水増しを

繰り返した事により

1982年9月22日

「何だこれは。

おかしいじゃねえか。

議長は俺だ。

違法だ。

なぜだ。」と一時

居座るも

取締会による

16人の賛成可決成立後

顧問弁護士の

解任手続きで

退任後

後任に

当時

名古屋三越社長の

市原晃さんに決まると

23日

岡田と竹久は

19億円の特別背任罪容疑で

東京地検特捜部に逮捕され

東京高地裁で

岡田には

3年の有罪が確定も

上告手続きから

13年後の1995年7月20日

公訴棄却中に81歳で他界し

竹久は

最高裁で

懲役2年6月と罰金6000万円の

有罪が確定後

栃木刑務所で

1年6ヶ月の服役から出所後の

2009年7月24日

東京都内の病院で

病気のため

79歳で他界。

[プロフィール]

名前>小島美知子(竹久みち)

生年月日>1930年

年齢>79歳(享年)

職業>服飾デザイナー/三越幹部

学歴>旧制共立女子専門学校(生活科)⇒文化学院(デザイン科)

[プロフィール]

名前>岡田茂

生年月日>1914年8月3日

年齢>80歳(享年)

職業>三越社長/実業家

学歴>慶応義塾大学(文学部)

※引用>wiki

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