ブディア・シン君とは….?
インド東部の
オディッシャ州
ブバネスワルの
スラム街で
暮らす
マユール・パトレ
こと
ブディア君は
当時
2006年の
3歳にして
ハーフマラソンの完走
そして
1年後の
4歳には
既に
世界最年少マラソンランナーを
更新する
医師から
ドクターストップを
受けるまでの
全70kmコースの半分
気温30度越えの
炎天下の中
約65kmのフルマラソンに
非公式ながら
チャレンジしては
約7時間かけて
ゴールしたとして
世界中から
天才少年と
絶賛されたのだが
そもそも
なぜ…..
他の子供と
変わりない
ブディア君だけが
ここまで
世界から
天才と呼ぶ
最年少ランナーに
成長されたのか
その原点が
気になります。
引用先>https://matome.naver.jp
その理由は
貧しい
スラム沿いで
育ち
父親は
早くに亡くし
母親は
ブディア君を含む
4人のお子さんを
1人で育てながら
皿洗いで
生計を
立ててきました。
そのため
他の子供より
裕福な遊びが
出来ず、ボールなどが
欲しくても
買ってもらえなかった
そこで
時間を潰す方法として
唯一
お金がかからない
健康目的にもいい
走って汗をかく
マラソンを
日頃の趣味である
遊びにしていた
そのうちに
体力や肺活量が
一般的な大人や
プロのアスリートと
同じように
成長したことで
毎日7時間走っては
時には
48kmまでも
完走するように
なったことが結果
大会の成果に
現れたのでは
ないでしょうか。
しかし
その後….
日常の
疲労やストレスに
限界を感じたことで
ブディア君は
800ルピー(約2000円)で
養父となった
地元の柔道コーチ
ビランキ・ダスさんへ
売ることになり
そのキッカケは
同じような
将来
オリンピックで
活躍する
あるいは
社会で貢献するような
人物になるであろう
3歳では
並外れた才能に
気づいたことで
その後は
以前より
厳しく育てる
まるで
虐○ではないか
そんな
日頃の生活を
送るようになり
時には
いたずらをしただけで
怒っては
仕事から帰宅後までの
5時間も
走らされるような
生活を送るが
その一方で
食生活は
以前よりも
豪華なような
お肉、大豆、
ミルクなどを飲食され
とても健康的な
運動療法を取り入れ
毎朝5時と
午後16時には
走る生活を
送っていたそうです。
しかし
その後
ある日の夜
ダスさん(当時40)は
何らかの
抗争に巻き込まれ
地元犯罪武装グループ
による
襲撃に遭遇され
命を落として
しまい
また、
事件前には
64km完走後
ブディア君に関して
ドクターストップの際に
栄養不良、貧血、体に残された
傷跡などから
その後
引き取った
ダスさんに
責任があり
虐○の疑いがある
そのように
世間から
批判され
裁判にまで
発展したが
結局
「母親が売ろうとしていた
ブディア君を引き取り
救ったのは自分だ」
そんな主張が通り
有罪ではなく
無罪判決から
保釈になり
父を亡くした後
ブディア君の口からは
「本当の父のようだったのに」
と涙を流した上
虐待に関しては
「皆そのことは忘れるべきだ」と
語り
18年現在は
既に
何事もなかった
ように
元気な生活を
取り戻しているとか。